参拝日:平成28年7月23日
縁結びの神・福の神として名高い島根県(出雲国)の一宮
縁結びの聖地、因幡の白兎、出雲そば ...。出雲大社について最初のイメージとしてはこの程度でした。ガイドブックを読んで一応の下調べをして参拝しましたが、見るべきところを見てこなかったところがあったりで、心残りができてしまいました。次回参拝するときのためにポイントをまとめておこうと思います。そしてこれから行かれる方の参考になればいいなと思います。
出雲大社の基本情報
- 御祭神:大国主大神 オオクニヌシノオオカミ
- 社格:出雲国一宮・式内社(名神大社)・旧官幣大社・勅祭社・別表神社
- 別称:杵築大社 きずきのおおやしろ
- 札所:出雲国神仏霊場1番
- 創建:神代とされる
- 住所:島根県出雲市大社町杵築東195
- https://izumooyashiro.or.jp/
- アクセス:JR山陰線「出雲市駅」下車 一畑バス[出雲大社・日御碕・宇竜行き]で25分 山陰自動車道「出雲IC」から国道431号線
出雲大社の御利益
出雲大社HPより
“えんむすび”の神として人々に慕われていらっしゃいますが、この“縁”は男女の縁だけではなく、生きとし生けるものが共に豊かに栄えていくための貴い結びつきです。そして、日本の悠久なる歴史の中で、代々の祖先の歩みを常に見守られ、目に見えないご縁を結んで下さっているのが大国主大神様なのです。
大国主大神
大国主大神の名前
大国主大神は別称の沢山ある神様です。大穴牟遅神 オオナムチノカミ、大己貴命 オオナムチノミコト、大物主神 オオモノヌシノカミ、八千矛神 ヤチホコノカミ、宇都志国玉神 ウツクシダマノカミ、大黒様 ダイコクサマ、所造天下大神 アメノシタツクラシシオオカミなど別称を多く持たれている神様です。
大国主大神の妻
須勢理毘売命 スセリビメノミコト(須佐之男命 スサノオノミコトの娘)、多紀理毘売命 タギリヒメノミコト(須佐之男命 スサノオノミコトの娘、宗像三女神の長女)、多岐都比売命 タキツヒメノミコト(須佐之男命 スサノオノミコトの娘、宗像三女神の次女)、八上比売 ヤガミヒメ(因幡の白兎に登場)など。
大国主大神の子供
事代主神 コトシロヌシノカミ(大国主大神に国譲りを進言したといわれている)、建御名方神 タケミナカタノカミ(国譲りを拒否し、建御雷神 タケミカヅチノカミに敗れ諏訪地方に敗走した。諏訪大社上社に祀られている。)大国主大神の子供は180柱とも181柱いたとも言われています。
参拝ルート
稲佐の浜でお砂をいただく
国譲り、国引き神話の舞台となった場所です。旧暦の10月10日に全国から八百万の神様をお迎えし(神迎祭の神事が行われる。)、神様たちはこの地から出雲大社に向かわれます。出雲では10月に神様たちがお集まりになることから「神在月」と言うそうです。
弁天島の御祭神である豊玉毘古命 トヨタマヒコノミコトにご挨拶してお砂を頂いていきます。
一の鳥居(宇賀橋の大鳥居)をくぐる
二の鳥居(勢溜の大鳥居)をくぐる
宇賀橋の大鳥居をくぐり、神門通りを抜けると出雲大社の玄関口に当たる勢溜にでます。
祓社で身と心を浄める
祓社の御祭神
- 瀬織津比咩神 セオリツヒメノカミ
- 速開都比咩神 ハヤアキツヒメノカミ
- 気吹戸主神 イブキドヌシノカミ
- 速佐須良比咩神 ハヤサスラヒメノカミ
勢溜の鳥居をくぐった後、右手に祓社があります。御本殿を参拝する前に、こちらで身と心を浄めます。四柱の神様が順番に穢れをお浄めくださいます。
珍しい下り参道を通って三の鳥居へ
勢溜の鳥居から三の鳥居へと続く下り参道。全国的にも珍しいそうです。
三の鳥居(松の参道の鳥居)をくぐる
松の参道は、松の根の保護のため両サイドを通りますが、鳥居はくぐれるようになっています。
御神像
手水舎で手と口を浄める
四の鳥居(銅鳥居)をくぐる
以前は、一の鳥居から四の鳥居まで石・木・鉄・銅のそれぞれ違う素材の鳥居がありましたが、現在は、二の鳥居(勢溜の鳥居)が木製から石(鉄筋コンクリート)製になっています。
拝殿でお参りする
拝殿でお参りします。出雲大社でのお参りの仕方は、「二礼四拍手一礼」でお参りします。
八足門(やつあしもん)から御本殿に向かいお参りする
御本殿前に立つ八足門からお参りします。 現在の出雲大社の御本殿の高さは八丈=24メートルありますが、古代出雲大社は48メートルあったと言われています。巨大な建築物の柱(=宇豆柱 太さ1メートルの杉の巨木を3本束ねている)が発掘され宝物殿(拝殿の東側にあります)に展示してあります。古代出雲大社の復元模型が島根県立古代出雲歴史博物館に展示されています。
御本殿
御本殿内の北西に御客座五神(天之御中主神 アメノミナカヌシノカミ、高御産巣日神 タカミムスビノカミ、神産巣日神 カミムスビノカミ、宇麻志阿斯訶備比古遅神 ウマシアシカビヒコジノカミ、天之常立神 アメノトコタチノカミ)が祀られており、御本殿内の北東に大国主大神 オオクニヌシノオオカミの御神座があり、大国主大神だけが西側(正面は南側)を向かれているそうです。
十九社にお参りする
十九社は、旧暦の10月10日、稲佐の浜に集まられた全国の神様たちの宿になります。神在祭の期間(旧暦の10月11日~17日)は、扉が開かれています。
釜社(かまのやしろ)にお参りする
お稲荷さんと呼ばれている稲作・農業の神様である宇迦之魂神 ウカノミタマノカミが祀られています。
素鵞社(そがのやしろ)にお参りする
素鵞社は、神聖な山である八雲山の麓にあります。八雲山は禁足地となっており、唯一その岩肌に触れる事ができる場所が、素鵞社の裏側にあります。
稲佐の浜で頂いたお砂を供え、代わりにこちらのお砂を頂く
素鵞社の床下に木箱が置いてあり、木箱には素鵞社で浄められたお砂が入っています。稲佐の浜で頂いたお砂をこちらにお供えし、同量のお砂を頂いて帰ります。このお砂は撒くとその土地が清められるそうです。
本殿西側の遥拝所から参拝する
本殿に祀られている、大国主大神 オオクニヌシノオオカミは西側を向かれているため、本殿西側にある遥拝所が正面となります。
神楽殿の大注連縄
一般的に注連縄の綯い方は初めの太いほうが右側に来るように飾りますが、出雲大社の注連縄は逆になっています。一般的に神社では右側が上位、左側を下位としますが、出雲大社では古来から神様に向かって左側が上位になっているため、左側が綯い始め(太い方)で右側が綯い終わりとする張り方になっているそうです。
神牛と神馬
銅鳥居をくぐって西側に牛馬舎があり、神牛と神馬の像があります。神牛は学力向上、神馬は子宝と安産の御利益があるそうです。
出雲教 北島国造館
出雲国造家は一子相伝であったものが、南北朝時代のころ分裂したようです。千家家、北島家ともに天照大御神の御子である天穂日命 アメノホヒノミコトを祖先としており、出雲大社教は1873年に当時の出雲大社の大宮司を務めていた千家尊福氏によって創設され、出雲教は1882年に出雲大社少宮司であった北島脩孝氏によって創設されました。出雲教北島国造館(いずもきょうきたじまこくそうかん)は出雲教の総本院になっています。
天神社
御祭神:少名毘古那神 スクナヒコナノカミ 北島国造館の境内に亀の尾の滝があり、その前にスクナヒコナノカミが祀られた小さな祠(=天神社)があります。スクナヒコナノカミはオオクニヌシノオオカミと一緒に国づくりをした小さな神様です。
御朱印
出雲大社御本殿、出雲大社神楽殿、出雲大社北島国造館出雲経、出雲大社北島国造館天神社の御朱印を頂きました。
出雲大社御本殿の御朱印
出雲大社御本殿の御朱印は拝殿の裏側に御朱印受付所があり、そちらで頂きました。
出雲大社神楽殿の御朱印
出雲大社神楽殿の御朱印は、神楽殿で頂きました。
出雲大社 北島国造館 出雲教の御朱印
出雲大社 北島国造館 天神社の御朱印
出雲大社北島国造館出雲教と天神社の御朱印は、北島国造館で頂きました。
出雲大社で4種類の御朱印をいただきました。現在は、出雲國神仏霊場の御朱印も頂けるようになっているみたいです。